2025年11月20日(木)から22日(土)に、ピアザ淡海(滋賀県立県民交流センター)(滋賀県)において開催された、第71回日本宇宙航空環境医学会大会にて、生理学講座の黄地健仁講師が最優秀論文賞を受賞した。本賞は、我が国の宇宙医学、航空医学、環境医学の発展に寄与する価値のある論文に対して表彰されるものである。受賞論文は、「Upregulation of Amy1 in the salivary glands of mice exposed to a lunar gravity environment using the multiple artificial gravity research system」(Front Physiol, 15:1417719, 2024)であった。黄地講師は大会にて受賞講演を行い、その発表は多くの参加者からの高い関心を集めた。
地球表面(地上)から月面環境への移動は、重力変化のみならず、隔離環境、概日リズムの変化、宇宙線曝露など様々なストレスをもたらす。唾液は咀嚼や嚥下などの口腔機能の維持に欠かせず、抗菌性タンパク質を含んでいるため、齲蝕や歯周病の発症を抑制し、また多くの全身疾患にも影響する。しかし、月面環境下での唾液腺のmRNA発現変動や分泌機能制御については未解明な部分が多く残されていた。本研究では、地上(1 g)と国際宇宙ステーション(International Space Station;ISS)、宇宙実験棟(きぼう;日本)の月面重力下(1/6 g)で飼育されたマウスの顎下腺組織を用い、網羅的なmRNA発現解析を行った。その結果、1/6 g環境では顎下腺で唾液アミラーゼをコードするAmy1の発現が上昇し、さらに小胞分泌に関わるVamp8および低分子量Gタンパク質のRap / Rab等の発現も増加した。さらにこれらの変化は、免疫蛍光組織染色によるタンパク質発現解析でも確認された。
アミラーゼは多糖の分解酵素として知られているが、行動医学の領域ではストレス指標としても注目されている。今回の実験で用いられたマウスには多糖の食餌は与えられておらず、Amy1の発現上昇がストレス反応と関連する可能性を示した。これらの成果は、重力変化が唾液分泌機能の質的・量的変調を誘発する可能性を示唆している。唾液分泌シグナル調節研究が、将来のヒト宇宙生活における身体的・精神的健康のモニター、あるいは口腔医学の提供に貢献できる可能性が示唆された。
本研究内容に関して、黄地講師はこれまでに第69回および第70回日本宇宙航空環境医学会大会の一般演題で報告し、当時より両大会において活発な議論を深めてきた。今回は、宇宙関連の研究者に加え、医学や法学の専門家、宇宙に興味のある中高生も参加しており、将来の宇宙航空環境医学の領域で口腔科学の重要性が認知される貴重な機会となった。

受賞した黄地講師(右)と澁川義幸教授